読書に便利な紙パック飲料

ペットボトル飲料がさまざまなサイズで販売され、購入する清涼飲料水のスタイルではナンバーワンかもしれません。
同じように、紙パックタイプの清涼飲料水も今なお活用されています。コンビニやスーパーでよく見かけますよね。基本的に、ペットボトルの物より安いので、持ち運びを気にしない時にはよく購入することがあります。特に読書のお供には、ペットボトルよりも都合がいいのです。読んでいる最中に喉を潤したいとき、ペットボトルの場合にはキャップを外さなければいけません。今、良いシーンで集中しているし喉が渇いているというときに、キャップを外す動作はとてももどかしく感じます。しかも、ページ数にもよりますが、少し厚めの文庫本の場合、片手で抑えないとページが閉じてしまうこともあり、手間取ってしまうのです。その反面、紙パックですと、たいていはストローを差して飲みますので、喉が渇いたと思ったらそのまま持ち上げて飲むだけです。このスムーズさが、読書には大事かな?と密かに思っています。こんな体験をしている読書家さんは、私だけではないと思っています。読書と飲み物はとても相性がいいので、工夫したりこだわりを持っている人は多いのではないかと思っているのです。

所変われば味変わる、人が変われば具材が変わる

親戚の家や友達の家に行ってお食事を頂く時、各家庭や地域によって内容が違う事があります。すき焼きに白菜を入れるところもあればキャベツを入れる所もあります。どろどろのこってりしたカレーを作るご家庭もあれば、スープのようにさらさらしたカレーを好むご家庭もあります。子どものころ、そのギャップについていけなくて、何度か頭の周りに?マークが飛び交う事があった記憶があります。でも子ども心にこれは突っ込んではいけないと思っていたのでしょう。ありがたくご馳走になっていた覚えがあります。こう思うようになったのも両親や友達、また礼儀を学べる本などから教わった気がします。自分の知っていることだけが全てではない、当たり前の様に思っていることでも各家庭、地域によって違う事はたくさんあるんだと。お味噌が白だったり赤だったり、濃い味付けだったり薄味だったり、それもそうですよね。人の味覚が違えば好みも変わってくるし、具材も変わってきます。今では、自分の知っている物が違う形で出てきたときはある意味楽しみです。こんな楽しみ方があるんだ、こんな味になるんだと新しい発見となるからです。印象的だったのは、お雑煮が白味噌のところもあればお吸い物の所もある。所変われば味変わるとは良く言ったものです。

作家さんの個性とスキル、天晴れ

自分の好きな本を読み終えると、なんだか少し違った分野の本を読んでみたいと思う事がたまにあります。でも普段読まない分野だとどの作家さんがいいのか、どの本が面白いのかまったくわかりません。そんな時は本屋やネットに出ている今月のおススメみたいなのが役に立つんですが、なんだかおススメの本を買うとなるとミーハーみたいで、世間の一般論に踊らされているみたいで複雑な気持ちになります。結局読んで本当に良かったと思う本ももちろんありますが、皆が良いと言うから最初からきっといい本に違いないと先入観を持って読んで、あんまりだったなと残念に思う時もあるし、逆に差しさわりの無い本だったと思うこともあります。万人受けする、みたいな本です。それはそれで万人受けする文章を書けるという才能を持っているとも言えます。個人個人が違うように、作家さんも色んな感性を持っているし、文章の書き方が違ったり、独特の表現方法で読者を惹きつけファンを増やしているんだと思います。さっぱりした書き方をする人もいれば、こってりした文章を書く方もいます。なので、だれでも読みやすい本というのは、きっと個性を上手く出さずに出来ている本だと思う事があります。そういう本を書ける作家さんも、凄いなと思います。

心の支えになれる存在

兄弟姉妹がいる人って、つい同じ物買ってきたりしませんか?友達に年子の姉妹がいるんですが、好みが良く似ていていつも同じような物を同じ日に買ってくるという子がいました。ある日は食べたいお菓子が同じで帰ってきたらすでに同じ物がテーブルにあったとか、読みたいと思って買ってきた本が実はかぶっていたとか、同じ服の色違いを買ってきたとか、結構そんなことが頻繁にあるそうです。だから、洋服とかお菓子とか別にいいんだけど、本とか雑誌とかは一冊ずつあれば十分だよねとお互い話し合ったらしく、今は重ならないように連絡を取ったり、買おうと思っている本がある時はお互い伝えておいたり、突然買おうと思った時はメールをしたりして重複するのを回避しているようです。でもそういうのって意思の疎通が知らないうちに出来てるみたいでステキです。兄弟姉妹双子でもまったく似ない人もいるし、何から何まで同じ人たちもいますよね。彼氏がいたり結婚して旦那様がいると、本来は他人の二人なのに、長くいることによって相手の好みや趣向がわかって来る事もよくあります。そういう人が側にいるとなんだか心強くなれると思う人は結構いるんじゃないんでしょうか。自分をわかってくれる人がいるって素晴らしいんです。私も誰かにとってそんな存在であれたらいいなと思います。

何事も計画性をもって進めたいですね

マンガや小説、先の続くお話があるものは読むタイミングを考えなくてはいけません。何故かって?読み始めると没頭してしまうし、時間も忘れてしまう、寝る時間も削って読んでしまうから生活に(ある意味)影響がでてしまうんです。なので休みが続く日とか、長期休暇とか、そんな時で無いと読み始めるのをためらってしまいます。一回何も考えずになんとなく前から読みたいと思っていた本を読み始めて、あまりに面白くてどっぷりはまってしまい、それこそご飯を食べる時でも本を読みながら、電車に乗ってもバスに乗っても本を読んでる、翌日用事があるのわかってるのに寝る前までたっぷり読み、数時間の睡眠が続いた日が何日かありました。一冊だけだったら良かったんですけど、上下のセットで、しかもシリーズもので、どうしても尾を引いてしまいますよね。それ以来、時間がたっぷり取れない時は読みきれる文庫で済まし、何冊も続くような物は溜めておいて読むようにしています。それでもつい、本屋や図書館で手に取った本から目が離せなくなったりする事はたまにありますが。でもそれも読書の楽しみだとも言えます。読みたい時に読みたいものが読める、小さいけど幸せなひと時です。

目覚し時計と仲良し

早く寝ないといけない時に限ってなかなか寝れないのが悩みです。特に次の日に何か楽しみな事が待っている前夜はいつもそうなんです。理由は二つ。まず朝起きれるかどうか心配でなかなか眠れない、もしくはぐっすり眠れない。もう一つは楽しみで仕方なくて興奮して寝付けない、です。
この前も友達何人かでピクニックに行こうという話になって、各自みんなで食べるようにお弁当を作ってくるという打ち合わせでした。まず張り切りすぎてたくさんお弁当を作ってしまい、時間が余計にかかってしまいました。寝る時間が予定より大幅に押してしまって早く寝なきゃと思いながらもなかなか寝付けず、結局1時間ほど本を読んでから寝ました。結局寝過ごす事もなく起きれたのですが、不安ですよね。とりあえず寝坊しないよう目覚ましは2個以上かけるのが必須です。友達に迷惑かけてはいけませんからね。
そういえば子どものころ、次の日の遠足が楽しみでなかなか寝れず、結局母も私も寝坊した覚えがあります。その日のお弁当はおにぎりが3個でした。その時はショックでしたが今となってはいい思い出だし、笑える話です。でも社会人でそれは許されませんからね。これからも目覚まし時計達は欠かせません。

人の目を惹く話し方をするには

冠婚葬祭でのスピーチってなかなか経験する事が無いですが、いざという時なんかに基礎を知っておくといいなと思って図書館へその手の本を借りに行ってきました。特に今すぐ必要というわけではないのですが、綺麗に話せる、人前で上手く話せるようになれたらなと思っていたので、思い立ったが吉日、早速本を借りに行ってきました。冠婚葬祭のスピーチの本だけではなく、人前で上手に話せるコツが載った本も借りてきました。よくあるのが「あー」とか「えー」とかを話の途中で入れるつなぎの要らない言葉、それを無くす事だけでも話し方が綺麗に見えると書いてありました。緊張すると繋ぎ言葉が出てしまうのはごく当たり前のことのようです。話したい内容を上手くまとめて、時を追って話すというのは意外と難しい事です。頭の中でストーリーが出来ていてもいざ口に出してみると繋がらないとか、忘れてはいけない要素を話し忘れるとか、下準備ができるときはいいですが、突然人前で話す事になったりすると頭真っ白です。あとは上手く間を取ったり、目線を気をつけたりと、綺麗に見える話し方は話す事だけではないんですね。なんだか基礎を学びたかっただけなのですが、意外と学ぶ事がたくさんです。でも、綺麗に話せる事が出来る女性ってステキだと思うので、頑張りたいと思います。

なくなれ、絶版

大好きな作家さんが、古い本をご自身で電子書籍化・販売してくれています。その中に、昔図書館で借りて読んだものの、手に入れることはできていない本がありました。古本屋を探し回っても見つけられなかったものです。
読みたい!と思ったのですが、どうやらパソコンには対応していない様子なんですよね。携帯アプリの広告はあるのですが……よく調べれば、パソコンでも読むことができるのでしょうか。電子書籍リーダーを買うだけの余裕がないので困惑中です。しかし、いずれは買うことになるでしょうね。だってこれがあれば、手に入らないと諦めていた絶版本が簡単に、クリックひとつで買えることがわかってしまったんですもの。
昔、学生だった私は、今回見つけた本を、図書館で何回も借りて読みました。ハードカバーの本だったので、お小遣いで買うのは厳しかったんです。そのうちに図書館の蔵書からなくなってしまい、とてもショックを受けました。確かにいわゆる古典文学のように長く残る本ではなかったでしょうが、それにしたって一冊くらい残してくれればよかったのに!だから今回、デジタル化してくださった作家さんには大感謝なのです。応援の意味も込めてその作品を買いたいのですが……ということで、悩みは冒頭へと戻るのです。

欲張りはいけません。地に足をつけて今の自分を見てみる

自分の今の生活に満足しているかと自問自答するときがあります。その答えはいつも、「欲をだしたらきりが無い」なんですが、たまにこれをしないと、もっとあれが欲しい、これが欲しいと思ってしまうんです。物だけじゃないんです。いい仕事がしたいとか、もっといいお給料が欲しいとか、彼氏が欲しいとか、言い出したらきりがありません。でも、自問自答するたびに、確かにきりがないんですが、なんだかんだ言って、今の生活が悪いわけではないと気づかせてくれます。独り身で寂しいけど、その分自分の時間がたくさんある。ご飯作るのめんどくさかったらコンビのお弁当でいいし、休みの日はだらだらパジャマのままマンガを読んでもいい。誰かの為にお金を使うわけじゃないから、貯金も貯まってるし、自分の好きなように使えるし、そんなに悪くない。今の仕事も、給料めっちゃいいわけじゃないけど、かといってめちゃめちゃ悪いわけでもない。家賃払って光熱費払って、娯楽費をとっても貯金できる程度にもらってます。そうやって考えると、私の人生そう捨てたもんじゃないと思うんです。まぁ、上を見ればきりが無いですけどね。結婚している友達は、自分の時間が無いー、旦那にごはんつくらなあかんー、子供の迎えに行かなきゃ駄目ーと、いろいろ大変そうです。それまでは、今のままでいいかなぁと、また再確認する日々です。

前髪で変わる、人の雰囲気

突然ですが、なんとなく、気分変えたくて、分け目も着き始めてたし、前髪カットしました。もちろん自分で。セルフの前髪カットの雑誌の部分を見て切ってみました。結構長い間前髪を作らない髪型にしていたので、前髪があることにとっても新鮮なんです。でも、問題は、前髪を自分で切る事なんて今までなくて、気がついたらすごく短くなってた!分け目をつけたくなくて前髪作ったのに、これだとピンで止めないと、バランスが悪い・・・。なので結局ピンで止めて、毎日過ごしてます。でも、友達とかには短い前髪が意外と似合うと言われ、私自身は、慣れてないし、そんな似合うどころじゃないんですけど、やっぱり第三者の人からの見え方って違うんですね。今まで前髪が無かっただけに、おでこがかくれているというのがとても不思議な感じです。とりあえず、今は希望の長さになるまでピンで止めたりして、やり過ごしてます。でも、前髪作っていいと思ったことは、若干若返って見えますよね?雑誌のモデルさんとかも、前髪ある片はどちらかというと、かわいらしい方が多い気がします。それに比べ、前髪が無い方は、かっこいい系というか、美人さん系?別に顔はかわいくもありませんが(かといってもちろん美人でもかっこよくもない)、若く見られることはプラスだと思って、この前髪楽しんでます。